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山帰来 路地裏伝いに
鳥語聴く 澄風
秋の味覚。国産の松茸なんて、いまや、高嶺の花。
あなたのお宅ではどのようにして賞味しますか?
瀞の川くだりは秋が最高。
色とりどりの紅葉が錦上花を添え、景観の最も美しい季節です。あなたは、どこか遊山にゆく予定がありますか。
夏に燃え ルイ14世の
化身かな 澄風
ヒデ向日葵の笑顔、太陽王のスマシ面よりず~と魅力的デス。願わくばタネを分けてほしいものです。
9月19日付(その406)で掲載した画像の拡大ができず、皆さんからのご要望もありましたので、改めてここに掲載させて頂きます。
ぜひ、詩心を再読してください。
満天の 秋の夜空は
錦心繍口(しゅうこう) 澄風
「真(まこと)とは?」あなたの”真”を教えてください。ムズカシク考えないでね。
相変わらずの半身に構えた邦夫先生の洒脱なはがき俳画。本当は愛猫家ではないのかなあ~。
行く我に とどまる汝に
秋 二つ 子規句
江戸時代は、大老・老中とかご隠居と言われて、知恵者の年寄りは大切にされました。今は、後期高齢者とか言われています。
ドシタラ イインデショー。
所ジョージ作曲で八代亜紀の歌う名曲?”女心と秋の空”の、次の言葉を教えてくれませんか。
”おん~なごころと あ~きの そら~・・・・ドシタライインデショウ”
蜀黍や 遠き故郷
空高し 澄風
紅葉の 境内朱色に
染まりけり 澄風
カエデが恋をしているのでしょうか。最高に美しい秋の景観がやって来ました。風流を愉しむご予定は?
大好きな武者小路実篤の詩「歩いてゆけなければ」の一節から。
~星は我に生を授けたもうなり~
如何に生きるかが、齢を重ねる程、大切だと痛感します。
空高く 桔梗咲く野に
吾は酔い 澄風
あっという間に上手になった大山さん。万葉集にも出てくる秋の七草は、青みがかった紫の清楚な日本の花です。
ご案内
はがき俳画仲間の「第5回作品展」が、来る10月3日(金)~17日(金) 町田市鶴川市民センターに於いて 開催されます。今回は、「鶴川かえでの会」と「多摩すみれ会」の合同展です。力作の競演となります。ぜひ、ご来場の程を。
秋立って ルビーの珠の
叫び聞く 澄風
中国では子孫繁栄の象徴とされ、結婚式の祝宴に使われるとのこと。
ほほずきの 染まりし袋
幸 秘めて 澄風
浅草観音の鬼灯市。一日詣でると、四万六千日もうでの功徳があるそうです。
艶やかな 海辺の姿
夏の姫 澄風
邦子画伯の筆は、益々冴え、見事な世界を演出させています。
浮雲や 瞼に浮かぶ
過ぎし夏 澄風
こんな描き方もあるのですね。昇華された一幅の画。スバラシイ!
うろこ雲 ながれ流れて
諸行無常 澄風
あきらめ切れられないのが凡人なのだろうか。
うす紅の 彩極まれり
酔蝶花 澄風
6-9月頃まで目を楽しませてくれる夏の花。画賛は作者の研ぎ澄まされた感応のほとばしりでしょう。
「蝉の声が小さくなったかしらと思っていたら、庭の虫たちが美しい音色を響かせはじめました。・・・」という言葉にはじまる心温まる便りを頂きました。
悦子さんの巧みな筆づかいに、如何にも女性らしい細やかさがにじんでいて素敵です。
神様から見ようと宇宙衛星からで見ようと、人間の行動範囲のなんと狭いことか。
悠然と見えるのは、与えられた世界で無心で泳ぐ、そのポーズに憧れる現代の心の憧憬なのか。ひとり、修行不足を嘆く凡人の詭弁なのだろうか。
遅れ咲きのアサガオには、もののあわれを感じさせる余韻があります。輪廻転生。来年のタネを残すべく、ひたすら竿に巻き尽くしているサマ。健気です。自然を愛するやさしい心は人間の本性と言いたいのですが・・・。
木偶の坊 雲の動きを
見るばかり 澄風
自分がデクか駿馬か。分からない方がいい。
やがて柿の実が熟し、大山詣の人の目を楽しませてくれることでしょう。吊し柿、日本の原風景ですね。
柿色に 染まる野原は
雲の峰 澄風
人は齢を重ねても、世の中の事柄に関心を持ち続け、あたかも虎が獲物を狙うかのように常にランランとした気持ちを持ちたいものです。しかし、肉体的な衰えは避けられません。ゆっくりと一歩一歩、それぞれの残された毎日を送りたいものです。
真っ赤なパプリカ。勢いがあります。
紙背に感じさせるものは、大僧正の緋の袈裟か、燃えるひばりの情熱か、スペインの闘牛の雄叫びか。いや、のんちゃんから頂いた最新着は、吉田の火祭りから帰った翌日の発信。なら、元気印をどうぞということと合点。
セプテンバー 甘くシナトラ
声ひびき 澄風
覚えていますか?フランク シナトラ、ビング クロスビー、パット ブーン、ビリー ホリディ、ダイナ ショア、ジュディ ガーランド・・・。
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